Hamarimono

そのときそのときのマイブームなど。

2011年3月14日(月曜日)午前中の風景

 2011年も残り2週間を切りました。

 いろいろと重大ニュースが飛び込んできている2011年師走ですが、私にとって忘れられないのは2011年3月11日に発生した東北関東大地震でしょうか。

 ついこの間のことのように思えるのに、そのとき何をしていたのかは....不思議と思い出せません。あのとき必死だったのは覚えているのですが、意外と「大変だった」とかという思いは薄れていくものなんでしょうか。

 ただ、先日写真を整理していたときに、2011年3月14日(月曜日)に撮影した写真がでてきました。

 当時私は週3回フルタイムで事務のパートに就いており、3月11日、職場で地震に遭遇。都内日暮里の職場から自宅に帰宅することができず職場に泊まりました(家に残したままとなっていた息子は、姑宅に泊まることができました)。このときの記憶もあまり残っていません。

 翌日の午後、ようやく自宅へ帰宅したときに見た自宅の光景は想像を超えるものでしたが、落ち込む暇もないぐらい忙しく、3月14日(月曜日)には頭の中が通常モードへ戻ります。この日は出勤日でしたが、電車が停まっていたため急遽休むことになり、とりあえず駅前のスーパーで買い出し。

 このときの様子を写真におさめていたようです。あえてモノクロに加工していますが、当時の様子を写真を見ながら思い出してみようと思います。




 3月14日(月曜日)朝9時の小田急新百合ヶ丘駅。電車が終日運転見合わせのため、駅の改札のシャッターは降りたまま。駅員さんが対応にあたっている姿が印象的でした。私も「いつ電車が動き出すのか?」と質問した気がします。




 降りたままのシャッターにはこんな張り紙が....。




 バス停は長蛇の列。バスで京王線東急線の駅まで向かい、都内に出ようと考えた人が多かったようです。私も後日東急線経由で出勤しましたが、片道3時間半以上かかりました(帰りは4時間かかりました....。通常は日暮里までドアツードアで1時間45分ぐらい)。




 駅前のスーパーも臨時休業が相次ぎ、時短営業。この電光掲示板を見て慌てて買い物に行くことにしました。




 3月14日(月曜日)午前11時の光景です。私は9時45分ぐらいに並びはじめ、オープンと同時に店内へ。11時ぐらいに店内を後にしたときに目にしたのがこの光景。この場所で「最後尾」という文字を見たのは初めてでした。




 スーパーを出るときに目にした光景。店内は大混雑でした。




 駅構内にあるパン屋さんは既に売り切れ状態。




 買い物を済ませ家に帰宅しましたが、本当に3月いっぱい、何をどうやって生活していたのか殆ど記憶に残っていません。ただし、仕事へは行っていましたし、一見淡々と生活をおくっていたようにも思えますが、精神的にはいっぱいいっぱいだったと思います。

 3月に息子は小学校を卒業し、4月に中学生になりました。入学式・卒業式も自粛モードでした。4月から生活パターンが一変し、少し慣れてきたのが5月頃。5月の連休明けにパートを辞め、それ以後は不定期で週末限定で仕事をするようになり、いまに至ります。

 おそらくこの地震が起こっていなければ、パートは続けていたと思います。地震があったときに息子の側にいられなかったことがパートを辞める原因のひとつでもあり、自分の働き方を見直す良いきっかけになったと思います。

 この11月頃から趣味でまた写真を撮るようになりましたが、実は3月のこの写真撮影以降、風景の写真は殆ど撮っていませんでした。この写真は私にとっては「記録写真」みたいなものですので、いま撮影している写真とは別扱いだったりもしますが....あのときは無意識の中で写真に「言葉にできない自分の気持ち」を込めていたのかもしれませんね。

 もしくは、写真におさめることで、自分自身を客観視し、気持ちを整理していたのかも。そう思うと、写真って....私にとっては大切なものなのかもしれません。